SNSを見ていると、最近は本当にAIアートが花盛り。
画像生成AIで作られたイラストや漫画、動画生成AIで作られたショートムービー、さらにはAIで音楽まで作ってしまう人もいて、どのコンテンツも魅了されてばかりです。
でも、ふと思うことがあります。
本当に、みんながみんな“表現者”である必要ってあるのでしょうか。

私自身、実は絵を描くのが昔から好きだったけど、正直なところ「特別うまい!」というわけではありませんでした。それでも、AIツールを使えば、自分の頭の中のイメージをカタチにできる。これはとてもありがたい進化です。
でも。
それでもやっぱり、「自分の内なる表現を世界に届けたい!」という強い衝動でAIを使っているわけではないんですよね。
私がAIを使う理由は「お客様のため」
じゃあ、なんでAIを使ってるのか?
それは単純に「仕事だから」です(笑)
最近では、ホームページやECサイト、広告で使用する画像のご依頼が増えていて、AIの力を借りることで、お客様の要望に素早く応えられるようになっています。
つまり私は、「表現者」というよりも「表現の仲介者」なんです。
お客様が伝えたい世界観や想いを、AIというツールを使って視覚化する――。そんな立ち位置。
もちろん、AIで表現するのはとても楽しいです。
でも、「私は世界に何かを訴えたい!」という情熱で突っ走っているわけではないので、周りの“クリエイター魂”がまぶしすぎる時もあります…

子どもにも「自由」を大切にしてほしい
私自身、在宅で仕事をしながら子育てをしています。
そして常々思うのが、「子どもにも、無理に“表現者”にならなくていい」と伝えていきたい、ということ。
体を動かすのが好きな子もいれば、本を読むのが好きな子もいる。
絵を描くのが楽しい子もいれば、「面倒くさい!」と思う子もいます。
AIも同じ。
使いたい人が使えばいいし、使わなくても全然いい。
やりたいことがあって、それを助けてくれるならAIを使えばいい。
でも「みんなが使ってるから」「バズるから」
「使うならガチで表現していかなきゃ」
という理由で無理して使う必要なんて、どこにもないと思うんです。

AIは“使う人の目的”に寄り添うツール
AIは、誰かの夢や仕事を手伝ってくれる素晴らしいツール。
でも、それを使ってどう生きたいか、どう働きたいかは、使う人次第。
私はこれからも、「表現者にならなきゃ…」と自分を追い込まずに、クライアントさんの想いを形にしながら、のんびり楽しく、家族と静かに暮らしていけたらそれで十分です。
そしてもし、同じように思ってくれる仲間がいたら、ぜひAIの“実務的な活用”について、もっと情報をシェアしていきたいですね。


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